制服と校歌

制服は、伝統の白いセーラー服
昭和5年当時の生徒たち

制服が、定められたのは、昭和5年のこと。当時の英語教師トロット女史が「英国では高貴な人は白を身につける」と提案。その言葉を受け白いセーラー服と青いリボン、紺のスカートという現在の制服が定められました。制コートは、森英恵のデザインです。

東京女学館校歌

東京女学館校歌
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尾上柴舟 : 作詞 /小松耕輔 : 作曲

開化のひかげあたらしくてらしわたれる虎の門
つらねて入りしむらさきの袖のにほひもむかしにて

うつろふ鳥のはねざはのみどりにはゆる学びやに

くつおとかろく通ひきて集ふ日ごとのたのしさよ

ふたたび来つるあけぼのに生れあひたる友とわれ

正しく清くしとやかに明るくつよくすこやかに

こころをみがき身をきたへあさよりひるとめぐらせて

平和のひかりくまなくて夕べをしらぬくにとせむ

現在の校歌(館歌)が制定されたのは終戦間もない1948年(昭和23)です。
女学館創立60周年記念式で初めてこの校歌が披露されました。
作詞の尾上柴舟先生は1876年(明治9)岡山県津山生まれの歌人・国文学者・書家です。東京帝国大学卒業後、東京女子高等師範、学習院の教授を歴任。校歌を作詞したこの年は72歳で、東京女学館の講師として古今和歌集・新古今和歌集を講じ、書道の指導もしていました。(昭和22年から27年まで)作曲の小松耕輔先生は1884年(明治17)秋田県生まれの作曲家。
日本初のオペラ「羽衣」の作曲者として著名です。

卒業の歌
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国分操子 : 作詞 /大山たま : 作曲

花はうるはしき 錦を織りて 式場を飾り 鳥は楽しき
楽を奏して 祝意をあらはす 思へばうれしき 卒業式よ

長き年月 恩師益友 我を教へ 我を励まし
人の踏む道 讀み書く業 裁ち縫ふ術さへ 習ひ得て
今日の筵に 連なる我等

學びの庭を 今日より出でて浮世の海の 初航海に
のぼらん我等 よしや浪風 荒れん瀬に會ふも 年頃日頃

いとねんごろの 師の御教へを 磁石と頼み 正しき道を
進みて行かば 何か恐れんたつ浪吹く風 あな面白や

あなうれしや 進め友どち

「東京女学館卒業の歌」は高校三年生の3月、卒業式の直前に初めて教えられる、いわば女学館教育の最後の総仕上げに位置する歌です。明治45年に国語の国分操子先生が作詞、音楽の大山たま先生が作曲しました。当時、女学館ではこの二人の先生によって、毎年新しい卒業の歌が作られていたといいます。なかでもこの歌は特に当時の生徒たちに愛唱され、以来今日に至るまで歴代の卒業生に歌い継がれてきました。校歌が作られたのは昭和23年ですから、それ以前の卒業生にとって、女学館時代を懐かしむ象徴としての歌はこの曲だったのです。同窓会の「白菊会」でも、あるご年齢以上の集まりでは、現在の校歌ではなく、「卒業の歌」が歌われるそうですし、毎年の白菊会総会でも、必ず歌われています。

東京女学館とは